旅行・地域

2016年5月25日 (水)

最終日

ぐっすりと眠れて快適な朝を迎えた。今日は最終日である。華山の筋肉痛もすっかりよくなった。9時に起きてまずは全身按摩をしてもらいに出かけた。ここにはほとんど毎日のように来てすっかり常連客のようになっている。お母さんはエステを勧めるが私にその気はない。1時間按摩をしてもらってすっかり体調がよくなった。身体はそろそろ日本食を欲しがっているが、これで旅行が終わるのではなく今から旅行が始まるとしてもいいくらいだ。いつものように青海美味餐館で遅い朝食をしてホテルに戻った。そしてリュックの荷物を整理して出発の準備をした。飛行機は夜なのでまだまだ時間はある。どこに行こうかと迷っていたが今日は大興善寺というところに行くことにした。ホテルをチェックアウトして荷物を預かってもらった。
地下鉄に乗って小塞駅で降りた。改札を出ると目の前に若いお坊さんがいる。もしかして大興善寺に行くお坊さんかな?と思ってあとをついて行くと、このお坊さんは人に道を訊ねながら歩いている。どうやら私と同じで初めて大興善寺に行くみたいだ。10分ほど歩くとお坊さんと一緒にお寺に到着した。40分ほどお寺を見学して外に出た。地下鉄に乗り鐘楼で降り西羊市街をぶらぶらして賈三灌湯包子で牛肉包子を食べて駅前に戻った。
少し早いがホテルで荷物を受け取り機場バスに乗って空港に向かった。飛行機は夜10時半出発なのにまだ6時半である。空港に早く着きすぎた。9時にやっと搭乗手続きが始まり出国審査と荷物検査を済ませ免税店で買い物をした。少しのんびりしながら搭乗口まで行くと人が少ない。5、6人しかいない。なんか変だぞと思ってチケットと搭乗口、そして電光掲示板を何度も確認するがやはりあっている。なんでだろう?不思議だな?と思っていると職員の女性が私を呼びに来た。どうやら搭乗口が変更になったらしい。変更になったのなら電光掲示板に搭乗口が変更になったことを知らせる案内があってもよさように思うが、それは日本人の考えなのだろうか?まだ呼びに来てくれただけでもありがたいのだろう。案内してもらって飛行機に乗るとすぐにドアが閉まり出発になった。どうやらまた最後になったらしい。

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2016年5月24日 (火)

西安陝西歴史博物館

良いベッドでぐっすり眠れた昨晩だったがバスタブがないのが残念だ。一番安い部屋にしたのが失敗だったのか?受付に行ってバスタブのある部屋があるのか訊いてみた。ビジネスルーム(商務房間)にはあるそうだ。1泊500元はまったくもって高いのだがまあ最後の日だからカード払いにして泊まることにした。6階から7階に引っ越しだ。まずは6階に行き掃除のおばさんに部屋のカギを開けてもらい荷物を出してエレベーターに乗った。7階のボタンを押してもなにもならない。3回も押してみたがやはりなにもならない。ちょうど従業員がいたので訊いてみると部屋のカードキーをエレベーターに読み込ませないと押せないようになっているそうだ。いつも安宿にしか泊まらないのでこんなことも知らなかった。ちょっと恥ずかしい。なんとか7階への引っ越しも終わり念願のバスタブにお湯を溜めて入ることにした。熱いお湯がたくさん出てきて湯船に入ると気持ちいい。幸せなひとときだ。目を閉じて今回の旅行を思い出しながらゆっくりと浸かった。さすがに1泊500元だけあって部屋は豪華だった。
今日は昨日見れなかった陝西歴史博物館に行ってみようと思う。2年前に一度行っているが入館無料なので再度行ってもいいだろう。駅前から30路の路線バスに乗って9時半に到着した。そうすると無料チケットの受取り窓口にはもう長い列ができていた。もしかすると昨日より長い列かもしれない。30分待ってようやく入館チケットをもらえた。中に入り日本語の音声ガイドを30元で借りて3時間で見て回った。何回来てもいいと思うが、休憩なしで見て回ったのでさすがに疲れた。帰りに青マンゴーを買ってちょっと遅い昼食を青海美味餐館でしてホテルに戻った。疲れたので再度バスタブに熱いお湯をためて本日2回目の入浴をした。身体にたまっている疲労が抜けていくようだ。身体がポカポカして気持よくなって風呂から出てベッドに横になった。
1時間ほど寝ていたようだ。起きてから盲人按摩店に行ってみたが、店が閉まっていて休憩中だった。予定が外れたのでまた性懲りもなく不安全な按摩に行ってしまった。しかし今回呼んでもらった女性はちょっと好みではなく、そして昨日大放出したせいもあってか不発に終わってしまった。なさけない。夕食にまた青海美味餐館に行った。かわいいお姉さんが日本のお金を見てみたいと言うのでお札を見せてあげて、そして100円、50円、10円、5円の硬貨をあげた。食堂も暇だったのでしばらくとりとめもない話をしていた。そしてうーんさっきの好みではない女性がこのかわいい女性だったらなと思わずも思ってしまった。

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2016年5月23日 (月)

西安按摩店

朝8時に起きて少し散歩をして胡辣湯を食べてからチェックアウトした。また駅前に戻り最後は少し贅沢に良いホテルに泊まろうと思い西安陽光大酒店に泊まることにした。一番安い部屋にしてもらって350元ほどだった。カードキーをもらって部屋に入るとバスタブがなかった。ちょっと残念である。受付で訊いとけばよかった。
筋肉痛はほとんど治まってきたが盲人按摩に行って全身按摩をしてもらった。そして散歩をしながら東五路を南に渡って歩行街を通り果物屋で青マンゴーを買って帰った。ホテルにスポーツジムがあると書いてあったので3階に行ってみると人が誰もいなかった。静まり返ったフロアを1人でうろつきながらやっと見つけた。なんか怪しい人物になったような感じだ。中に入るとやはり誰もいなく受付台のところに日付と部屋番号と氏名を記入する用紙があったのでそれに記入した。利用者は1週間に2,3人程度だった。利用者が少ないので器具の電源のコンセントも全て抜かれていた。自分で差し込むのも面倒なのでそのまま自転車に乗ってみた。15分ほど自転車をこいでいると掃除のあばさんがやってきた。いつもは誰もいないのであろう、人がいるのでちょっとびっくりしていた。それからまた少し自転車をこいで汗が出てきたのでやめて部屋に戻りシャワーをした。
それから街に出て歩いていると店先に立っているお姉さんが声をかけてきたので少し会話をしながら不安全な按摩に入ってみた。期待していたが普通の按摩を10分くらいしてくれて30元でこれで終わりだと言う。10分で30元はちょっと高すぎるがまあしかたない。素直に30元払って出てきた。やられた。これでなんとなく自分の中で抑え込んでいた欲望に火がついたのだろう。また不安全な按摩の前を通り声をかけてきたので入ってみた。今度は按摩に300元必要だと言う。まあ不安全なほうでまともそうだ。それ相応の相場だろう、と言うかこの300元は他の中国の物価上昇率からいうと何年間もずっと据え置きのままなのである意味もう少し値上げしてもいいくらいだと思う。声をかけてきたのは30代後半の女性だったが電話をして弟子なのか?若い女性を呼んでくれた。中国に来てほぼ1カ月間たまっていたものを出してしまった。
そして夕方にはまた青海美味餐館に食べに行った。そして宿に戻り青マンゴーを食べてみた。甘さはそんなにないのかもしれない。でもマンゴーなのでやっぱり美味しい。

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2016年5月22日 (日)

西安阿房宮

朝食を済ませ今日は阿房宮へ行ってみようと思う。阿房宮とは2000年以上もの昔に秦の始皇帝が建設していた大宮殿である。残念ながら現在は残っていないがその跡地に行ってみようと思う。宿の受付の女の子に聞くとこの阿房宮は西安ではアーバンゴンと言うらしい。中国標準語だとアーファンゴンだと思う。意味は西安方言でアーバンとはあっち(の方向)のことを指すらしい。ようするにあっちの宮殿と言うことらしい。確かに阿房宮は西安の街から少し離れた所にある。昨日買った西安の地図で路線バスを確認すると2回ほど乗り換えをしないと行けないようだ。さっそく西大街から路線バスに乗って阿房宮に向かう。しかしバスを早く降りてしまってまた次のバスに乗ったり、地図に書いてある路線バスが全く来なくて、しかたなく別のバスに乗ってまた乗り換えたりと、苦労しながらようやく阿房宮に到着した。やっとのおもいで到着したのだが阿房宮游楽園らしきものはなかった。30分ほど探してみたが見つからなかった。後から聞いたのだが結果から言うと2年前くらいになくなったそうだ。阿房宮游楽園を探しているときに道路標識に秦阿房宮旧跡というのがあった。それで秦阿房宮旧跡に行ってみた。そこはただの荒地に石碑がひとつだけあり秦阿房宮跡と書いてあった。周辺は普通の民家であり住宅地である。商店もないし観光客などもいない。30分ほど歩いたがなにもないのであきらめて帰ることにした。
午後からは地下鉄に乗って陝西歴史博物館に行ってみた。しかし今日は日曜日なので入場券受取の窓口の列が長くて見るのをあきらめた。歩いて大雁塔まで行きそこからさらに芙蓉園まで歩いた。しかし入園料が120元と高かったので入るのをやめて帰った。今日は午前も午後もはずれだった。夕方になって賈三灌湯包子という店に行った。羊肉包子を食べてみた。さすがに有名店だけあって美味しい。上海や香港の小龍包といったかんじだ。これならもっと早く来てればよかった。
秦城小巷客桟に帰ると馬くんが来ていた。受付の女の子と3人でおしゃべりをしながら日本のお金の話になったので私が財布から1万円札と5千円札と1千円札を取り出した。1万円札は福沢諭吉で教育者・文学者、5千円札は樋口一葉でよく知らないが女性の肖像は珍しいと、そして1千円札は野口英世で医学博士・ノーベル賞受賞者などと言ってしまったが、いまここでネットで確認すると野口英世はノーベル賞もらってないんだ。そーなんだ。知ったかぶりを言ってしまった。ごめんなさい。それからこの時に馬くんに阿房宮游楽園がなくなったことを教えてもらった。馬くんは日本の歴史を勉強しているらしく、しきりに日本の成功は明治維新だと言っていた。まあ確かに日本は明治時代に世界の先進国に追いつこうと頑張ったと思う。そしてある程度はその先進国に追いつけたと思う。その財産は今でも大きいと思う。中国がいけなかったのは清王朝のせいだとも言っていた。清の役人は腐敗していたと言う。1時間ほどおしゃべりをして私は馬くんにお茶屋の李さんに電話してもらうように頼んだ。前日と今日の2日間で何回かお茶屋の前を通ったのだが李さんは店を閉めている。李さんは7時頃に帰ってくると言うので私は馬くんと食事に出かけた。7時過ぎに李さんのお茶屋に行った。李さんに訊くとやはり商売が思わしくないようで店を閉めてアルバイトに出かけていると言う。1時間ほどお茶をごちそうになり黒茶とプーアル茶を買った。李さんには訊けなかったがこのまま店を閉めるつもりなのだろうか?
1人で宿に戻ると受付のところに同じ部屋のドイツ人おやじがいた。声をかけると昨日食べられなかったエビ料理をさっき食べてきたと大威張りで言っている。それは良かったねと言うと一緒にビールを飲もうと言うので受付横のテーブルで一緒にビールを飲んだ。ドイツ人おやじが言うにはエビ料理は美味しかったがビールが冷たくないのは許せないと、そう中国では冷たいものは身体に良くないと冷たい飲み物を飲む習慣があまりない。ビールを冷やしていない飲食店も多いのだ。それがドイツ人には考えられないようだ。2人でビールを飲みながら盛り上がっていた。部屋に戻ってからもウイスキーを飲んで完全に飲み過ぎた。頭がくらくらする。ドイツ人おやじは平気そうだ。そして同じ部屋の人が2人戻ってきたようだったが挨拶もそこそこにベッドに横になりぐっすり眠ってしまった。

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2016年5月21日 (土)

西安博物院

朝に駅前を散歩しながら西安の地図を買った。そして西安空港行きのバス乗り場を確認した。そろそろ今回の旅行も終わりが近づいてきている。いったん宿に戻りそれから盲人按摩に行った。まだ筋肉痛は残っているが普通に歩けるようにはなってきた。脚をマッサージされるとまだ痛い。この按摩店は母親と息子の2人でやっていて、息子のほうがマッサージで母親のほうがエステをしているようだ。母親が私にエステをしないかと勧めてくれるが私にエステなんて必要はないので断った。
それからかわいい女性のいる青海美味餐館に食べに行った。昨日は蘭州炒飯というのを食べてみたがあまり美味しくなかったので今日は炒麺にした。炒麺は日本でいうと五目焼きそばみたいなものだが私はスパゲティに近いような気がする。中国の一品料理を湯がいた麺の上にのせればそれで○○炒麺の出来上がりなのである。中国では外国の料理店をほとんど見かけないので庶民が行くようなイタリア料理店があるのかわからないが、もし見かければぜひ行ったみたいと思う。
宿をチェックアウトしていつもの秦城小巷客桟に引っ越しをした。なんかここにくると帰ってきたという安心感がする。家に戻ってくるような感じだ。受付の女の子に2泊すると言って空いてる部屋を探してもらった。5階の部屋が空いているそうだ。ここはエレベータがないので5階までの階段の昇降は筋肉痛の今の私にとっては少々つらいものがある。2階の部屋が空いてないか訊いてみたが空いてなかった。3階は欧米人用で大きいベッドだそうだ。4階は個室があるそうだが4階も5階もたいした違いはない。結局5階の8人部屋のドミトリーに泊まることにした。ベッドのシーツをもらってリュックを背負って階段を上っていく。これだけでたいへんだぞー。
地下鉄に乗って体育場で降りて西安博物院に行った。ここは前から来たいと思っていた場所だ。庭に噴水があって立派な建物である。それに何と言っても無料なのがうれしい。さっそく中に入ってみた。1階が瓦とレンガそして唐時代の俑と仏像。2階が秦時代の解説と宝玉。地下1階が青銅と陶器そして人型俑。2時間ほどで見終わった。陝西歴史博物館と比べると展示品は確かに見劣りはするが人も少なくゆっくり見れるので西安博物院も良いと思う。それから小雁塔に少し寄り地下鉄に乗って帰った。
宿に戻り馬くんに電話するも友人の結婚パーティに出席中とのことだった。部屋に戻るとドイツ人のおやじが1人いた。陽気なおじさんでしばらく話をしていた。話といっても私がドイツ語を話せるわけでもなく、また相手が日本語を話せるわけでもなく、なんとなく英語やちょっとした知ってる単語を並べて言っているだけだ。それに身振り手振りを付け加えている。どうやら西安にくる前に北京にいて、その前に大阪、京都、東京に行ってきたらしい。私に撮ってきた写真を見せながら
いろいろ解説をしてくれた。それから1階に行き受付の女の子にエビ料理の店を訊いていた。どうやら鐘楼近くの開元商城にあるらしいのだが、ドイツ人おやじ1人で行ってその店を見つけられるのかな?と思っていたが、後で訊くとやはりたくさんの人がいてもうわけがわからなくなって店を探すどころではなくなって帰ってきたと言っていた。中国の人の多さにびっくりしていた。

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2016年5月20日 (金)

西安休養日

朝起きると足が筋肉痛である。特に左足が痛い。階段を降りるとき左足に体重をかけると痛くて歩けない。普通に歩くだけならなんとか歩ける。お腹が減ってるので何か食べようと思って宿を出た。この辺りの駅周辺は何度も来てるのだが裏道の方には行ったことがない。そこで城壁の東北角あたりから少し散歩することにした。城壁沿いの通りは空き地が多く商店もなく人通りも少ない。城壁から少し中にはいるとだんだん商店などが多くなってくる。東六路と尚愛路との交差点付近に青海美味餐館という店があったので入ってみた。店の壁に写真つきのメニューがあったのでそれを見ながら指で注文した。ここの女性がすごくかわいい。清真の頭のスカーフみたいなのが良く似合っている。この店の老板の奥さんだと思うがはっきりとはわからない。どうやら一族数人で経営しているようで男性2人と女性2人とおじいちゃんとおばあちゃんと子供が4人いる。私が日本人だと知ると店の主人らしい男性が私に向かって「ミシミシ」と言ってくる。中国ではこの言葉はよく聞く。私も何の事を言っているのかくわしくないのでよくわからないが、たぶん中国で頻繁に放送されている戦争映画やドラマの影響だと思う。その中で日本軍兵士が言っている言葉のようだ。意味は飯がミシになったように思われる。だからこの店の主人も私に「飯を食べに来たのか?」と言いたかったのだろう。まあ私の勝手な解釈だが。なんかとても雰囲気のいい店だ。なにより奥さんがかわいい。店を出てさらに南に向かって歩く。東五路を渡ると尚倹路は歩行街なっていた。そして東新街を城壁のほうに向かって東に行くと中山門あたりはお土産物を売っている店が並ぶ。そこからさらに城壁沿いを南に行くと長楽門(東門)に出た。東岳廟は閉まっていて入れないようだった。その隣は東門美博城という女性中心の商店街になっていた。そしてその隣に永興坊という中国の昔の建築を再現した食堂街になっていた。食事をしなくても見て回るだけでも楽しい。ここは観光客も多かった。さらに南に進んで行くと城壁の東南角あたりは市場になっていた。市場の中では多くの人が買い物をしていた。ここまで来るのに2時間以上かかった。帰りに果物専門店があったので青マンゴーという大きな青いマンゴーを買った。300円くらいで少し高いがその分大きい。洗車場をいくつか見かけた。今まであまり見たことはなかったが中国内で最近増えてきたのだろうか?それとも乾燥した内陸地特有の砂埃の影響なのだろうか?
宿に戻り少し休憩してから昨日行った盲人按摩店に行った。ここの若い男性の按摩はなかなか良い。足のふくらはぎのマッサージの時にはかなり痛かったが我慢した。もう少しで痛痛痛(トントントン)って叫ぶところだった。この筋肉痛は2、3日治りそうにない。華山に行く前には日数が余りそうなので漢中かどこかあとひとつ行ってみようと思っていたがどうやらそんな状況ではなくなったようだ。

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2016年5月19日 (木)

華山

最初はそんなに人はいなかったのだが登るにつれてだんだん多くなっていき平日だというのに多くの人が歩いて登っていた。女性だけのグループも結構いた。食堂や店屋が多くあり、そこでみんな休憩しながら登っている。始めは階段はほとんどなく坂道が中心である。2時間ほど登ると坂道が終わり階段になる。休憩をしながら4時間ほど登ると北峰に到着した。日付は変わって午前2時前だ。歩いて登っているのは若い人が多く20代30代がほとんどだと思う。北峰に到着する前あたりからもう大勢の人がいて、叫んでいる人や騒いでいる人、寝袋やテントで寝ている人もいる。ここまでもゆっくり登ってきたつもりだが、さらにペースを落として休憩を多くとりながら東峰をめざした。私は半そでのTシャツに短パンだったのですごく寒かった。ほとんどの人が上着を着ているジャンバーは必要だ。夜の山は冷える。着替えのTシャツも重ね着した。4時過ぎに東峰の観日洞に到着した。日の出まで1時間以上あった。上着の貸し出しがあって借りようか迷ったが身分証の提示や返却の仕方などいろいろ面倒なようなので、中国語がわからないまま借りるのもちょっと嫌なので1時間体操をしながら身体を冷やさないようにして待った。5時前には明るくなってきて5時半頃の日の出だった。水とクッキーはもうほとんど残っていない。東峰から南峰をめざし天空桟道は通らずに南峰頂上に行き、それから西峰頂上に行った。山の上からの景色はすばらしい。この景色を見ていると疲れなんて吹っ飛んでしまう。とは言っても足がずいぶん疲れてきた。もう8時になっている。そして帰ることにした。下りの階段はよけいに足に負担がかかる。北峰まで戻った頃にはもう足が疲れ切っていた。休んで足をマッサージするが痛みがとれない。階段部分が終わり坂道になり足の負担は少なくなったが、それでも坂道部分がこんなに長かったのかと思うほど終わらない。登るときにはなんとも思わなかったのだが、途中何度も休憩しながら坂道を下って行った。西安から来たというカップルがいたのでずっと一緒に下っていた。1人よりも会話しながらの方が気が紛れて疲れも感じにくくなる。このカップルも昨日の16時から歩いていて足を引きずりながらやっと歩いている。私も12時間以上歩いている。昼の12時頃にやっと到着した。これで東岳泰山に続き西岳華山も登頂した。南岳衡山はツアーの車で登ったが一応は行っている。残るは中岳嵩山と北岳恒山だ。
宿まで行き荷物を受け取った。下山している時には荷物を受け取る前に湯船のあるホテルを探しゆっくり休憩しようと思っていたが、今となっては足が痛いので宿を探すのもたいへんだ。すぐ目の前にいる西安行きのバスに乗って西安に戻ってからにしようと思いリュックを背負ってバスに乗った。バスではほとんど寝ていた。バスは西安駅北口に到着し駅近くのホテルに泊まった。一泊100元で湯船はついていなかった。宿の受付で按摩店がないか訊くと宿のおばちゃんがたくさんあるよーって、宿の隣に足浴と書いてある店があったので隣は按摩もしてくれるのか訊いてみたら按摩店ではないと言う。この辺は不安全な按摩店ばかりだと言う。しかたないので盲人按摩はないか訊いてみた。すると近くに1軒だけあると言うのでそこに行って全身按摩をしてもらった。ここの按摩は良かった。それから夕食にして寝た。あー今日は疲れた。

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2016年5月18日 (水)

西安から華山へ

朝7時に起きてバス乗り場に向かう。途中で馬くんお勧めの胡辣湯があったので食べてみる。野菜スープの具だくさんといった感じで安くて美味しい。それから西大街に出て45路バスに乗り興慶宮公園に行った。公園の中に入ると朝からたくさんの人がいる。ほとんどは高齢者の方たちだがダンスをしたり太極拳をしたりさまざまである。1時間ほど歩いて池を一周して外に出た。行く前にはガイド本を見て阿部仲麻呂の記念碑があると書いてあったので行ってみようと思っていたのだがすっかり忘れていた。
宿に戻り出発の準備をしてチェックアウトして地下鉄に乗った。北大街駅で地下鉄2号線に乗り換えて終点の北客駅まで行った。地下鉄の北客駅と高速鉄道CRHの西安北駅がつながっているらしいのだが乗り換えの標識などがなく高速鉄道への乗り換えに迷子になってしまう。こういうのはやはり日本の標識案内は非常に親切に出来ていると思う。高速鉄道CRHの自動券売機はあったのだがどうやら外国人には使えないらしい。乗り換えがわからないのでいったん外に出ようと思って外に出るとやっと高速鉄道CRHの切符売場があった。窓口でパスポートを提示して華山行きの切符を買った。列車の発車まで1時間近くあった。駅ビルは新しくきれいだった。待合室で30分ほどぼんやりとしながら待っていたら発車20分前に改札が始まった。列車は西安北駅発鄭州行きだったのだろうか?すでにホームに停まっていた。30分ほどで華山に到着した。高速鉄道CRHは快適だったのだが待ち時間や乗り換えの煩雑さなどを考えると西安駅前からバスで華山まで行ったほうが良かったのかもしれない。高速鉄道CRHの華山駅を出て南に少し歩いて行くと路線バスが停まっていてそれが華山游客中心行きのバスらしいので乗った。路線バスは終点の華山游客中心まで行ったのだが私の思っていたのとはずいぶんイメージが違っていた。なにもない場所にポツンと華山游客中心だけが建っている。まわりはなにもない。宿も食堂も店屋などなにもない。ここで重いリュックを背負ったまま歩くのはちょっと無理だぞと思っていたら、おばちゃんが1人近寄ってきて宿を紹介するという。ついて行って良い思いをしたことがあまりないので1回は断ったのだが、そうはいっても行く当てもないしこのままここにいるわけにもいかない。少し歩いてみたが近くにはなにもなさそうだった。10分ほどしておばちゃんが再度近寄って来て、宿を紹介するというのでついて行くことにした。おばちゃんがどこから山に登るんだって訊いてくるので北峰ロープウェイで明日の朝に登ろうと思っていると答えた。そしたら車に乗れと言うので車に乗ると西の方に走り出した。全然違う方向じゃないかと思いながら、しばらくすると宿や店屋が並ぶちょっとした繁華街にやってきた。宿を見せてもらうと個室が100元だという。古くてお世辞にもきれいとはいえなが一応トイレとシャワーはついている。100元は少し高いと思ったがここに泊まることにした。それから外に出て街を散歩してみた。どうやらここは玉泉院というところらしい。華山に歩いて登山する登り口にある街だ。それで古い宿が多いのだろう。現在は北峰ロープウェイと西峰ロープウェイがあるのでそちらのほうがメインになっているんだと思う。1時間ほど街を散歩して宿に戻ってシャワーをした。そしてベッドに横になって休んでいるとふと昨日馬くんが言ってた「ぼくも華山にいったことがある。夜に歩いて登って日の出を見て歩いて降りてきた。」というのを思い出した。そしたら急にそうだここは歩いて登るところなんだから歩いて登らなきゃっていう気持ちになってしまった。自分でも不思議なんだけど一度思うともうその気になってしまって、夜に出発するためには今から少し寝ようと思いまだ午後3時くらいなのに寝ることにした。横にはなったがなかなか熟睡することはできなかった。20時ころにベッドから出て買い物に出かけた。スーパーで水とクッキーを買って、それから地図を売っているおばちゃんがいたので地図を買った。そしたら軍手も必要だから軍手も買ってくれという。まあ地図が2元で軍手も2元だと言うので安いので軍手も買った。そしたら頭につける電灯も買ってくれという。値段を訊くと10元だという。まあ暗くて困ることがあるより買っといたほうがいいだろうなと思い買った。結果からいうと電灯は必要なかった。軍手は非常に役に立った。宿に戻りタオルとシャツの着替えと貴重品を持って、その他の荷物は宿に預けて21時半に出発した。

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2016年5月17日 (火)

茂陵博物館と楊貴妃墓

宿の受付で茂陵博物館と楊貴妃墓に行くと言ったら馬嵬にも行くといいと教えてくれた。どんな所かわからないが、どうやら楊貴妃墓の近くにあるらしい。チェックアウトをして荷物を預かってもらいさっそく出発した。バスターミナルに行くと茂陵博物館行きのバスがいなくて楊貴妃墓に行く1路バスがいたので先に楊貴妃墓に行くことにした。この道は昨日バスで扶風から興平に来るときに通った道だ。30分ほどすると楊貴妃墓の前で運転手がバスを停めてくれた。8時に到着したが入口が閉まっていた。8時半開始とある。朝食がまだなのでどこか食べるところがないだろうかと思って来た道を戻りながらしばらく歩いてみた。通り沿いに店はなく5分ほど歩くと馬嵬というところに出た。この辺が宿の人が言ってた場所なのかなと思って山の方に向かって歩いてみた。しかしなにもないような所だ。山の上の方になにか公園らしいものがあるが途中の道が工事中で通行禁止になっていた。歩いている人にも出会わないので引き返すことにした。屋台が少しあったが食べる気にはならず時間もそろそろ8時半になってきたので楊貴妃墓に向かった。入場料45元を払って中に入ってみた。中には楊貴妃の墓とちょっとした展示場所と少し見晴らしの良い楼閣があった。45元は少し高いようにも思うがまあ有名な人なのでそんなものなのかもしれない。40分ほどで外に出た。楊貴妃墓の前から1路バスに乗って興平バスターミナルに戻った。
バスターミナルには茂陵博物館行きのバスがいたので乗った。茂陵博物館は茂陵の近くにあって霍去病の墓がある。少し説明をすると茂陵とは中国前漢時代の7代皇帝の武帝の墓である。武帝は高祖劉邦が匈奴との戦争に敗れて以来続いていた匈奴への物資を貢ぐ政策を良しとせず、匈奴と対抗できるだけの軍事力を確保し匈奴に勝とうとした人物である。この武帝が想い描いた匈奴との戦いに活躍したのが衛青であり霍去病である。特に霍去病は弱冠20歳そこそこながら匈奴を次々と撃破していき漢の北西領土を飛躍的に拡げた人物である。武帝の寵愛を受け軍事の天才と言われた霍去病だが24歳の若さで病没してしまう。武帝がどれだけ悲しんだことであろうか。まずは展示室に行って中を見学した。それから霍去病の墓を見て高台の楼閣に上った。遠くを眺めると茂陵らしき小高い丘が見える。ふと空をみると1か所だけ雲の色が虹色になっているところがある。なんだろう?ここは飛行場が近いから飛行機の低空飛行のせいかな?とか思ってみる。45分ほどで外に出た。バスを待っていると来るときに乗ったバスがやってきた。それに乗って興平バスターミナルまで戻った。
宿で預けていた荷物を受け取りバスターミナルで咸陽行のバスに乗った。本当は西安行きのバスに乗るつもりだったが咸陽行きの路線バスがいたので路線バスだとなんか安そうな感じがしてつい乗ってしまった。まあ咸陽の街にも行ってみたいという気持ちもあったのかな?路線バスは6元で1時間ほどで咸陽に到着した。さてここで1泊するのかそれとも西安まで行くのか。そう思っていると咸陽駅行きの路線バスがいたのでとりあえずそれに乗った。駅に着くと駅前はちょっとしたバスターミナルになっていて西安行きのバスもあった。咸陽でどこに行こうかと考えているとあまり行きたい場所も思い浮かばなかったのでやっぱり西安に行くことにした。駅前から西安行きの路線バスに乗った。バスは渭河を渡り途中でガスの補充のため10分ほど停まった。軽油ではなくガスのようだ。看板に天然気加気と書いてある。日本のバスだと乗客がいるときにガソリンスタンドに寄ったりはしないが中国ではよくある。城西バスターミナルで降りて、そこから地下鉄に乗って洒金まで行きいつもの秦城小巷客桟に泊まることした。
少し散歩しながら李さんのお茶屋に行ってみたが店は閉まっていた。次に按摩店に行ってみたが先客がいたので宿に戻った。宿の受付で日本語の勉強をしている女の子と日本語で会話をする。しばらく会話してから、受付の女の子に馬くん宛に電話をしてもらった。馬くんはすぐに来た。馬くんがメルトモの日本人のともちゃんという女性に電話をしてくれた。どこで知り合ったのかしらないが3週間前にもこのともちゃんに電話をして私も電話で少し会話をした。この方は西安にいるらしくその時に私が西安に戻ってきたら食事でも一緒にしましょうと言っていた。残念ながらともちゃんは現在日本に戻っているとのことだった。それから馬くんがスポーツジムに行くというので私も一緒に行きスポーツジムを見せてもらった。秦城小巷客桟のすぐ前にあり住宅の4階だった。夜間のテレビCMで見かけるような運動器具をいくつかそろえている所だった。それから馬くんと食事に行った。馬くんは回族の清真教徒なのでアルコールや豚肉は口にできないらしい。野菜を中心とした炭火焼きで香辛料がよくきいていて美味しかった。私だけビールを飲むわけにもいかないので水にしたが、頭の中ではビールと焼き鳥がかけめぐっていた。

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2016年5月16日 (月)

法門寺

7時前にチェックアウトしようとホテルのフロントに行った。受付の女の子2人と男性1人はまだ寝ていた。申し訳ないが起きてもらってチェックアウトした。それからバスターミナルまで歩いて行った。窓口で扶風行きの切符を買うと7時50分発だった。出発までに少し時間があるので朝食を食べようと思ってぶらぶらしていると肉まんを売っていたので肉まんと豆乳を買った。バスの座席は一番前だった。バスターミナルを出ると高速道路を通って扶風に向かった。9時半頃に扶風に到着した。バスターミナルの前で法門寺行きのバスに乗り換えて10時頃に法門寺に到着した。ガイド本の解説によればここ法門寺は1987年に明代に建てられた仏塔を再建する際に1100年あまり密閉されていた地下宮殿が見つかり、そこから多くの貴重な仏教文化財が発見されたそうだ。その中のひとつが指の仏舎利といわれている。世界的な発見といってもいいと思う。
法門寺の中に入りまずは重いリュックを預けるところがないか探してみた。ここは1日何千人と来るような有名な寺なので荷物を預けるところくらいあるだろうと思っていたが入口付近では見つからなかった。警備の人に訊いてみたが知らないと言う。博物館のほうに警備室があったのでそこに行ってみるとカギが閉まっていた。そのとなりに消防室があったので中に入ってみると女性2人がいた。近くに荷物を預かってくれるところがないか訊いてみたが知らないと言う。がっかりして外に出ようとすると「ちょっと待って」というので振り返ってみると「貴重品はバッグの中にないか?」と訊いてきたので「ない」と答えると「それならここで預かってあげるわ」と言うのでお願いした。とてもありがたい。身軽になったのでさっそく博物館に入ってみた。ここの博物館は展示品の数は多くはないが、とても貴重なものが見れたと思う。贅沢を言えば指の仏舎利を見ることができれば良かったのだが残念ながらそれはできなかった。合十舎利塔まで歩いて行って戻ってきた。12時頃に消防室に行くとカギが閉まっていた。まあ急いでいるわけではないので再度博物館を見に行って30分後に消防室に戻ったが、まだカギは閉まったままだった。そうすると横の警備室から警備員が出てきて私を不審者と思ったのか声をかけてきた。事情を簡単に説明するとわざわざ消防の人に電話をしてくれて呼んでくれた。急いでいるわけではないので、そこまでしてくれなくてもよかったのだが、消防の人はすぐ近くにいたらしく3分もしないうちに戻ってきてくれた。お礼を言って荷物を受け取り外に出た。本当にありがとうございました。
法門寺を出ると帰りのバスがいなくてしばらく歩いた。10分ほど歩いてやっと扶風行のバスを見つけた。扶風に到着して扶風のバスターミナルの窓口で興平行きの切符を買おうとしたら西安行きのバスに乗りバスの中で払いなさいと言うのでバス乗り場に向かった。西安行きのバスは2台いて1台は高速バスである程度良い大型バスだった。もう1台はオンボロの中型バスだった。まあ途中の興平で降りるので当然のことながらオンボロバスの方だ。バスに乗り興平までと言ってお金を払った。乗客は私1人だけで出発した。少し街の中を客探しのため回っていたが乗客もいなく私1人を乗せたまま西安方面に向かった。30分ほど走ると運転手がバスを停めて屋台で食事を始めた。どうやら行きつけの店らしい。私も昼食をまだ食べていなかったので、バスから降りて運転手と一緒に食事をした。擀皮面というものらしい。冷たい麺にちょっとした具をまぜてタレで食べる。冷やし中華の簡単なものといった感じなのだろうか?辣醤の味が濃いので私にはもっと薄味の方がいい。バスに戻りしばらく走るとやがて1人2人と乗客が増えてきた。30人乗りくらいのバスなのでまだまだ空席が多いのだが。それでも2時間半ほどで興平の街に到着した時にはバスはほぼ満席になっていた。
興平のバスターミナルの近くの宿にした。シャワーをして少しくつろいでから街に散歩に出かけた。盲目按摩店を見つけたので全身按摩をしてもらった。その後マンゴーを買って宿にもどった。夜暗くなるのが早くなってきた。20時頃には薄暗くなってきた。敦煌にいる時などは20時といえばまだまだ明るかったのに。

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