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2017年5月 1日 (月)

鎮江観光

朝起きてすぐに駅の北口から南口まで歩いて行き、明日の武漢行きの高速鉄道の切符を買った。また歩いて北口まで戻りバス停で北固山行きのバスを探していた。そしたらバスを待っていた女の子が「どこに行くのですか?」と聞いてきたので、私が「北固山です」と答えると、「道路の向こうのバスセンターから4路バスが出てますよ」と教えてくれた。教えてもらったところに行くと始発のバスが数台停まっていた。4路バスを探すと北固山にある甘露寺行きになっていた。ありがたい。
北固山に到着し40元で門票を買ってさっそく中に入ってみた。ところで皆さんは晁衡という人をご存知ですか?中国人ではなくて、そう阿倍仲麻呂の中国名です。科挙に合格し進士になって唐に仕えたそうです。その阿倍仲麻呂の石碑がここにありました。私はここに来て初めて知りました。石碑の表には百人一首にある有名な歌が日本語と漢詩で彫られています。裏には人物紹介と日本書道院創立40周年記念事業とありました。さらに頂上まで登り北固楼の上から見る景色はとてもすばらしかったです。しかしここは入口で靴カバーをしてから入って下さいと係の人から怒られてしまいました。長江の向こうに見える対岸のようなところは対岸ではなく中州なんですね。対岸ははるか先です。長江の流れに心地よい風が吹いてきてとても爽やかです。10分ほど景色を見て楽しんで楼を下りて甘露寺を見て下山しました。下山の途中で三国志の魯粛と太史慈の墓がありました。両名とも呉国の有名な武将です。しかし残念ながら両方とも別の場所から移築した墓のようです。
まだ昼前で時間はたっぷりあるので路線バスに乗って焦山に行きました。ここは長江を船で渡り中州のようなところに小高い山があります。山の上には萬佛塔というのがあり塔の上からの景色は北固山よりも良いです。ここからだと長江の対岸まで見えます。またここには良寛亭というのがひっそりとありました。中には良寛の石碑がありました。案内板には江戸時代の人とありました。偶然にも今日は遠い中国の地で昔の日本人2人に会えたような気がします。2時間ほど見てまた船に乗って戻ってきました。
帰りの路線バスで途中の夢渓園で降りて魯粛墓遺址というところに行ってみました。しかしなくなっているようでした。たぶん公安になってました。残念です。時間がまだあるので中山東路を歩きました。途中カバン屋を見つけたのでちょっとだけいい大きめのリュックを買いました。これで帰りの飛行機も問題ないはずです。それから中山東路から中山西路まで1時間ほど歩きました。ここは地下街にもなっています。地下街は若者の店といった感じです。昨日の足療按摩がよかったので今日も行ってみたのですが、今日から3日間お休みします。の張り紙がありました。
宿の近くで昨日の食堂の女の子たちが遊んでいたのでお菓子をあげました。

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