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2017年5月

2017年5月 9日 (火)

最終日

朝早く起きて始発の地下鉄に間に合うように宿を出た。始発は混んでいたので1本待って次の電車にした。なんか2週間なんてあっという間に過ぎ去ってしまった感じだ。春秋航空のカウンターに行くとすでに多くの人が並んでいた。ここで時間がかかってしまい免税店による時間がなかった。なので飛行機の中でタバコを買った。飛行機は最後方の座席で少し空席が目立っていた。隣は日本に留学しているという女の子だった。今年の4月からの留学でまだ新入生だそうだ。将来は日本の企業に就職したいと言っていた。今日も雨が降ったり止んだりのぐずついた天気の一日だった。

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2017年5月 8日 (月)

合肥から上海

今日は朝から雨だ。少し早いが雨が小降りになったのでチェックアウトして駅に向かった。地下鉄に乗り合肥南駅に着いたのが発車1時間前。待合室で今日は上海でよい宿に泊まれるかな?などと思っていた。お茶を全部で1キロも買ってしまったのでリュックが満杯になってしまった。
3時間ほどで上海虹橋に到着し、地下鉄に乗って南京西路に行った。歩いて宿を探すもなかなか見つけられない。いまにも雨が降りそうな天気なので、なんとか早く見つけられないかなと思いながら歩いていた。重慶北路に如家酒店というチェーン店があったのでそこに入ってみた。1泊299元と高いがここに泊まることにした。荷物を置いてすぐに近くの上海博物館に行った。2時間半ほど見学して閉館時間がきたので外に出た。もう少しゆっくり見たかったのだが、まあよかったと思う。さすが大都市だけあって展示品は良さようなものが多数あった。安徽省博物館に少し分けてあげてよ思った。それくらい安徽省博物館とは差がある。

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2017年5月 7日 (日)

合肥観光

今朝は地下鉄に乗って、高速鉄道ではない普通の在来線の合肥駅まで行ってみた。駅周辺を1時間ほど散歩した。下町風でごみごみしている。安い宿もありそうでこの辺に泊まってもよかったかなと思う。そして路線バスに乗って中心街に戻ってきた。合肥工業大学六安路校区菜市場というところを歩いて、それから淮河路に李鴻章故居というのがあったので入ってみた。この地出身の人で科挙に合格し進士になり成功した人だそうだ。1900年ころの人らしい。
日本に帰る前にマンゴーを思いぞんぶん食べておこうと大マンゴー2個と小マンゴー3個を買って帰った。今日はほとんどなにもしない1日だった。ちょっともったいない。

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2017年5月 6日 (土)

安徽省博物館

宿のまわりを軽く散歩しながら野菜包子と韮玉包子を買って食べる。どちらも美味しかった。それから昨日の湯包子(小籠包)を食べに行った。そして歩きながらバス乗り場を探す。長江東大街からバスに乗ろうとしたら、ここの通りのバス停は道路のセンターラインにあり横断歩道から入るようになっていた。バス停入口にはバス代2元を支払う場所があり、お金を払ってからバスを待つ。このほうがバスの乗り降りが迅速に行えるのだろう。バスも普通のバスより長いバスになっていた。省博物館に行くと閉まっているかんじだった。それでも中に入ろうとすると、男性が博物館は移転したと教えてくれた。ありがたいことに移転した先も教えてくれた。郊外のかなり遠い場所に移転している。簡単には行けそうもない。地図の直線で7キロ、実際は10キロ以上になるだろう。ひとまず博物館はおいといて逍遥津公園に行くことにした。少し歩くと城隍廟という歩行街があった。木造の古風な建物で統一された商店街で落ち着いた雰囲気である。商店街を抜けると杏花公園というのがあり中に入ってみた。青年会がイベントをしているらしく司会者の声がマイクから聞こえてくる。杏花公園を抜けると街の外堀に出て逍遥津公園とはまったく反対側に向かって歩いていた。
寿春路で路線バスに乗り逍遥津公園で降りた。今日は土曜日なので子供連れの家族でいっぱいだった。この公園は入園は無料だが園内には遊園地の乗り物や池のボートや屋台に輪投げや射的といったような子供がよろこびそうなものがたくさんある。ちょっと変わった水中歩行球という大きな風船の中に子供が入って池の上を転がっていくのもあった。公園にある三国志張遼の墓というところまで行って一周して帰ってきた。公園を出てそれから明教寺に寄った。まあたいして見るものはなかった。
昨日行った巣湖路茶葉市場に行った。お茶屋の男性が声をかけてきてお茶を御馳走してくれた。香りがとてもよい。いろいろお話を聞かせてもらった。緑茶の第一名は西湖龍井、次がここ安徽省の黄山毛峰だそうだ。そういえばもう10年も前に黄山に行ったときに、お茶売りの女性がたくさんいたのを思い出す。私の経験で言わせてもらえば中国でも地域によって飲むお茶が違う。東部中域では緑茶、東部南域では青茶、中西部南域では黒茶。布目潮フウ先生のお茶の本を読ませてもらったが中国のお茶は歴史がある。店にお客さんが入ってきて商談になったので、私はお礼を言って店を出た。それから昨日入った店に再度行って祁門紅茶を500グラム買った。
今日は天気が良くなく雨が降ったり止んだりだ。まだ午後になったばかりなので移転した博物館まで行くことにした。地図を見ながら、まずは地下鉄に乗って高鉄の合肥南駅まで行くことにした。そこでバスターミナルから博物館行きがあるのではないかと考えた。博物館のある場所は地図でみると合肥市政務文化新区という名前がついている。開発地区のようで公共関係の建造物がたくさんあるようだ。そんな場所に駅からの路線バスがないはずがない。地下鉄に乗って合肥南駅まで行った。そしてバスターミナルで博物館行きを探してみた。しかしなかった。博物館行きがないのであれば近くまで行くバスがないか人に聞いてみた。駅の案内所では路線バスで行けないことはないが乗り換えが2回あるのでタクシーで行きなさいとのことだった。2人目に聞いてみたが良い返事はなかった。最後にバスターミナルのおばちゃんに聞いてみると140路バスに乗り懐習路口で降りて500メートルほど歩けば安徽省博物館に着くというので、そのバスに乗った。おばちゃんありがとう。無事にたどり着けました。しかし苦労して来た博物館だったが展示品はあまりたいしたことはなかった。新築の建物だけがすごく立派だった。ここ合肥市は中国では珍しく観光場所が少ない。省都でいうと最下位クラスであろう。南寧市以来である。
万達商場まで戻ってきて元禄寿司という回転寿司の店に入ってみた。時間が夕食にはまだ早いのか客は私一人だけだった。軍艦巻き盛合せと天ぷらを注文した。軍艦巻きのネタは寿司ではないような気がするが、天ぷらもかき揚げのような気がするが、まあちょっと期待していたのとは違っていましたがシャリは美味しくいい加減な日本食というわけではありませんでした。

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2017年5月 5日 (金)

武漢から合肥

今朝は快晴である。こんな天気の良い日に移動日とはもったいない。なんて天気運がないのだろう。愚痴を言ってもしかたない。宿をチェックアウトして駅に向かった。ここ漢口の駅は新しくて綺麗である。待合室で待っていると乗車する列車は始発らしく少し早めの改札になった。切符が無座だったので急いで列車に乗り食堂車に行ったがすでに満席だった。しかたないのでデッキに立って2時間半過ごした。やはり無座はきつい切符買うときは座席有にしよう。列車の中で果物を売っているかわいいお姉さんが「果物どうですか?」と言うので1度目は断ったのだが2度目に言われて買ってしまった。
合肥に着いてすぐに上海行の切符を買った。最終日は決まっているので動かしようがない。朝8時40分上海発の飛行機なので前日に上海に移動するようにした。合肥南駅は合肥郊外にあり地下鉄で中心街と結ばれていた。どこに行こうか迷ったが包公園駅にした。地下鉄を降りてまずは宿探しである。ここには万達広場というショッピングモールがあり、そこを通って南淝河沿いの巣湖路に出ると手頃な宿があった。中に入ってみると受付にはアルバイトとおぼしき兄ちゃんがいて1泊98元だという。中国の身分証がないが泊まれるか聞いてみると、それはわからないから確認してみるといって奥に入って行った。オーナーらしきおばちゃんが一緒に出てきて泊まれるというので部屋を見せてもらった。5階の部屋でよかったのでここに泊まることにした。壹利達賓館。
部屋に荷物を置いてさっそく近くの包公祠に行った。ここは包拯という人の記念館があった。説明文を読むと宋の時代の人で公正な役人だったようである。そんな公正な役人がよく中国で生き残れたと思う。それから塔に登り写真を撮った。1時間ほど公園内を歩いて外に出た。
万達広場から少し南に行ったところにお茶屋ばかりの商店街があった。気になって少し通ってみた。全部で50店舗ほどのお茶屋さんがあった。安徽省のお茶を中心に売っている。黄山毛峰、六安瓜片、祁門紅茶。黄山毛峰と六安瓜片は緑茶。私は緑茶よりも黒茶とか紅茶のほうが今は好きです。なんとなく1軒の店に入ってみました。小売りというよりも卸売りに近いようなかんじでダンボール箱が山のように積まれていました。その中にお茶の葉が入っていました。少し手に取って香りをかいでもいいというのでかがせてもらいました。高級茶はやはり香りが違います。それは私でもわかりました。基本は500グラム単位(一斤)で百元から数百元といったかんじでした。いくつかお茶の葉を見せてもらいもう少し話をしたかったのですが、茶屋のおばちゃんの中国語が聞き取れないので会話が続きませんでした。夕飯は路地裏の小さなお店の小籠包とお粥にして、それから果物屋でマンゴーを2つ買ってかえりました。
ふと思いついた最高の一日
朝食を小籠包で軽くすませ山に登り始める。もちろん初めて登る山だ。4時間ほどかけて汗だくだくになりながらもペットボトルの水だけで頂上まで登ると晴天の空に心地よい風が吹いてきてくれる。そして素晴らしい景色と出会える。1時間ほど景色を楽しみ下山を始める。2時間ほどで降りると温泉があってそこに入る。疲れた身体に熱いお湯が心地よい。それから1時間マッサージをしてもらう。夕食は刺身と山菜とビール、そして最後にマンゴー。フカフカのベッドでぐっすり眠れることだろう。
美味しいものを食べると美味しいがお腹がすいているときに食べるともっと美味しい。温泉も気持ちいいが疲れた後の温泉はもっと気持ちいい。マッサージも気持ちいいが疲れた後のマッサージはもっと気持ちいい。人間はある程度我慢した後はよりいっそう気持ちよくなれるものなんだね。

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2017年5月 4日 (木)

黄鶴楼

今日も天気が良くない。宿のフロントでもう1泊することを伝え今日もまた天気予報を調べてもらった。今日は雨は降らないそうだ。降らない予報であれば黄鶴楼へ行ってみよう。昨日路線バスで行って朝の渋滞などで思ったよりも時間がかかったので今日は地下鉄で行くことにした。積玉橋駅で降りて黄鶴楼まで徒歩15分ほどだが路線バスに乗った。しかしその路線バスがどうもおかしい、どうやら反対方向のバスに乗ったらしい。反対車線に行ってまた路線バスを乗りなおして黄鶴楼より少し手前の商店街で降りた。肉まんを買って少し歩くと黄鶴楼西口に出た。黄鶴楼は古来より多くの詩人に詠まれている。人をひきつける魅力があったに違いない。階段を上り鉄道の線路脇を通って行くと頂上に到着した。塔の最上階まで上って見まわしてみたが、李白が詠んだ昔みたいに長江の流れと空が交わるところまでは見えなかった。長江はビルのなかに消えている。黄鶴楼は今は5階まで上れたが楼内の説明によると唐時代には2階建てだったようである。公園内を一周半して東口から出た。
路線バスに乗って長江対岸の晴川公園に向かったのだが、第一長江大橋を渡っているときに歩行者や自転車が通っているのが見えた。この橋は歩いて渡れるようなのでゆっくり歩いて渡ろうと思いバス停で降りて歩いて戻ることにした。この橋は二重構造になっていて下段は列車が通るようになっている。線路の横には保線員専用の橋もある。高さがあり風が強いので帽子をリュックに入れて渡り始めた。この橋から見る黄鶴楼もいい感じである。長江の流れも遠くまで見える。天気が悪いので素晴らしい景色とはいかないが晴れた日だとまた違って見えたことだろう。
なんだか晴川公園に行く気がしなくなって路線バスに乗って宿まで戻った。そして明日の高速鉄道の切符を買いに行った。合肥行きの切符を買ったのだが、あとでよく見ると無座の切符だった。もっと注意して切符を買うべきであった。
宿で少し休んで午後からは地下鉄に乗って中山公園駅で降りてそこから歩いた。漢江岸のほうに行くとこの辺りは昔からの街らしく下町風で商店が軒を並べている。卸売り街らしく同じ商品を扱っている店が何店舗もかたまってある。日用雑貨の店ばかりあったと思えば次の区画は文房玩具店ばかりだとか衣料品店、靴カバン店、時計眼鏡店などがある。2時間ほど歩いたがごみごみしていていかにも中国という感じだ。そして六渡橋駅に出ると街の雰囲気がガラリと変わってしまう。通りが急にきれいになって、バスも音が静かなバスで電気バスではないかと思う。なんだかタイムスリップでもしたような気分になってしまう。この通りを歩くと日本と中国の差がなくなってきているように思う。ほとんどの人がスマホを持っていて買い物もスマホで決済している。博物館でもスマホで展示品の説明が見れるようである。交通といえば最新式の地下鉄に路線バス。日本が中国に技術援助とか政府開発援助をしていた時代はとっくに終わったのであろう。日本も頑張らないといけない。
帰り道でマンゴーを買った。オレンジ色の台湾マンゴーと緑青色の桂林マンゴー。高いだけあって台湾マンゴーの方が甘くて美味しかった。桂林マンゴーは少し酸味があってそれほど甘くはなかった。花粉症はすっかり良くなった。

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2017年5月 3日 (水)

武漢の湖北省博物館

今日も天気が良くない。今にも雨が降り出しそうである。宿のフロントでもう1泊することを伝え今日の天気予報を調べてもらった。やはり雨が降るそうだ。どうしようかな。迷ったがとりあえずバスに乗って予定していた黄鶴楼に向かった。朝のラッシュで渋滞している。1時間ほどかかって到着すると雨が降りだしてきた。黄鶴楼へ行くのは取り止めて湖北省博物館へ行くことにした。首義路駅から地下鉄に乗って東亭駅で降りた。いつもなら歩くのだが雨が降っていたのでバイクタクシーに乗って博物館まで行ってもらった。博物館は2階の右側が曾侯乙展、左側が古代地中海展であった。まずは曾侯乙展を見た。2400年前の周王朝末期から春秋戦国時代にかけての諸侯国王の墓だそうである。発掘の様子と発掘品の展示をしてある。中国の地中にはまだまだ王墓が発見されずに埋まっているんだろうな。次に古代地中海展はローマやギリシャ、エジプトなどの展示がしてあった。国名や人名などのアルファベットをすべて漢字にしてあるのがよけいにわかりにくくしている。3階が鄖縣人展、これは約100万年前の地層からホモサピエンスになる前の化石が出てきたそうだ。頭骨を見ると人類というか目の上の額の部分(脳)がほとんどない。人類の先祖はアフリカの1人の女性から始まったという説があるけど、まあこの説はあまり意味がないのかもしれない。そして陶器展、ここは時代順に陶器を展示してある。本物か偽物かまたはいいものかよくないものかなど私にはまったく区別はつかないが時代とともに何度か発展をとげている時があるのはわかる。清朝になると精錬され上品なものが多い。すらりとしてセンスがいいとでも言うのか色も形もすばらしい。まあ素人判断です。それから梁荘王墓展。4階が楚百年展。
博物館を出て東亭駅に行く途中で病院の入口にある盲人按摩店を見つけたので入ってみた。88元だった。女性だったがすごく丁寧にやってくれてずいぶん楽になった。とてもよかった。ここ数年で1番だ。気持ちよかったのでチップを少し渡した。そして料金を支払いに受付まで戻るとおばちゃんがお茶を出してくれたので少し世間話をした。山西省の出身だそうで3年前くらいに行った太原、平遥そして西安などの話を20分ほどした。
天気は良くないがまだ時間はあるので地下鉄に乗って江漢路駅で降りた。駅から出ると雨がけっこう降ってきた。駆け足で江漢関博物館まで行った。ここは昨日も来ていたのだが来たときは時間が遅くてすでに閉館時間を過ぎていたので見れなかった。パスポートを見せると入場は無料だった。ここは1861年からの英国による租界開設以降の展示をしている。その後もフランス、ドイツ、ロシア、日本が租界開設している。まあ中国の中にあって外国のような場所だったわけだ。それでここには長江に面した船着き場を中心に今でも西洋建築が多数存在する。その当時のいろいろな物を展示してある。地図、紙幣、日用品など日本の物もいくつかある。

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2017年5月 2日 (火)

鎮江から武漢

今日は朝から雨だ。列車の発車時刻にはまだだいぶ早いが小降りだったので駅まで歩いて行った。荷物検査する前に駅の店でなにか食べようかとも思ったが何も食べずに待合室に行った。まだ50分近くもあるのでガイドブックの武漢のページでも見ていようと思いリュックから本を取り出して、なにげに改札の電光掲示板を見てみると次の次の改札になっていた。あれ、なんで?と思って再度切符の列車番号を確認してみたが間違いない。駅の時計を見てみると7時40分になっていた。7時53分の列車なのでもうすぐである。自分の時計が30分以上遅れていた。あやうく乗り遅れてしまうところだった。それにしても偶然にもたすかった。宿を早く出て食事もしなかったのが幸いした。たぶん原因は昨日アナログ時計の日付が31日だったのでネジを回して1日に変更したのでその時に誤って時間をずらしてしまったのだろう。
高速鉄道に乗り4時間ほどで漢口駅に到着した。武漢市は漢口、漢陽、武昌の3つに分かれている。列車の中で今日の宿をどうしようか考えていた。昨日の強風で花粉が舞っていたようで完全に花粉症になってしまった。鼻水が止まらない。体調もすぐれないので駅から近い宿にしようと思っていた。改札を出て左の方に行くと何軒か宿がありそうだった。蘇州で泊まった布丁酒店があったので行ってみると中国の身分証がないので断られた。その隣も同じように断られた。速8酒店も断られた。またその隣もダメだった。やっと身分証がなくても泊まれる宿を見つけ、部屋を見せてもらって最初に見た部屋はトイレのドアの取っ手が壊れていたので別の部屋にしてもらって100元だったのでここにした。
漢口の駅前には地下鉄の駅があるようなので、駅前でたむろしているおばちゃんから武漢の地図を買った。私のガイド本は古いので地下鉄の路線図も載っていない。地図を見ながら1時間ほど駅前を中心に散策してみた。ちょっと食べるところが少ないのかな。足療按摩で足のマッサージをしてもらった。女性でちょっともの足りなかったがそれでも体調はずいぶん楽になった。
夕方に地下鉄に乗って循礼門で降りて、そこから繁華街を1時間ほど歩いた。ここは西欧風の建物が多い。吉野家があったので入ってみた。鶏肉のを食べてみたがまったく美味しくない。失敗だった。

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2017年5月 1日 (月)

鎮江観光

朝起きてすぐに駅の北口から南口まで歩いて行き、明日の武漢行きの高速鉄道の切符を買った。また歩いて北口まで戻りバス停で北固山行きのバスを探していた。そしたらバスを待っていた女の子が「どこに行くのですか?」と聞いてきたので、私が「北固山です」と答えると、「道路の向こうのバスセンターから4路バスが出てますよ」と教えてくれた。教えてもらったところに行くと始発のバスが数台停まっていた。4路バスを探すと北固山にある甘露寺行きになっていた。ありがたい。
北固山に到着し40元で門票を買ってさっそく中に入ってみた。ところで皆さんは晁衡という人をご存知ですか?中国人ではなくて、そう阿倍仲麻呂の中国名です。科挙に合格し進士になって唐に仕えたそうです。その阿倍仲麻呂の石碑がここにありました。私はここに来て初めて知りました。石碑の表には百人一首にある有名な歌が日本語と漢詩で彫られています。裏には人物紹介と日本書道院創立40周年記念事業とありました。さらに頂上まで登り北固楼の上から見る景色はとてもすばらしかったです。しかしここは入口で靴カバーをしてから入って下さいと係の人から怒られてしまいました。長江の向こうに見える対岸のようなところは対岸ではなく中州なんですね。対岸ははるか先です。長江の流れに心地よい風が吹いてきてとても爽やかです。10分ほど景色を見て楽しんで楼を下りて甘露寺を見て下山しました。下山の途中で三国志の魯粛と太史慈の墓がありました。両名とも呉国の有名な武将です。しかし残念ながら両方とも別の場所から移築した墓のようです。
まだ昼前で時間はたっぷりあるので路線バスに乗って焦山に行きました。ここは長江を船で渡り中州のようなところに小高い山があります。山の上には萬佛塔というのがあり塔の上からの景色は北固山よりも良いです。ここからだと長江の対岸まで見えます。またここには良寛亭というのがひっそりとありました。中には良寛の石碑がありました。案内板には江戸時代の人とありました。偶然にも今日は遠い中国の地で昔の日本人2人に会えたような気がします。2時間ほど見てまた船に乗って戻ってきました。
帰りの路線バスで途中の夢渓園で降りて魯粛墓遺址というところに行ってみました。しかしなくなっているようでした。たぶん公安になってました。残念です。時間がまだあるので中山東路を歩きました。途中カバン屋を見つけたのでちょっとだけいい大きめのリュックを買いました。これで帰りの飛行機も問題ないはずです。それから中山東路から中山西路まで1時間ほど歩きました。ここは地下街にもなっています。地下街は若者の店といった感じです。昨日の足療按摩がよかったので今日も行ってみたのですが、今日から3日間お休みします。の張り紙がありました。
宿の近くで昨日の食堂の女の子たちが遊んでいたのでお菓子をあげました。

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