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2016年5月 3日 (火)

敦煌莫高窟

朝6時半に起きる。7時に自助餐で食事をする。中国によくある自助餐とは朝食のバイキングに近いものだ。出来上がっている料理の好きなものを自分で選び会計して食べる。8時少し前に宿を出て敦煌駅行きのバスに乗り途中の莫高窟数字展示中心で降りる。そこで映画を2本見てからバスで莫高窟に移動する。莫高窟には見学時間よりもだいぶ早く着いたため日本語ガイドもまだ来てないらしい。今日予定している日本人が全員そろってから日本語ガイドの案内で莫高窟を見学するらしい。時間があるので予習のつもりで地球の歩き方に載っている莫高窟の鑑賞ガイドを見ていた。主だった窟を40ほど抜き出し窟ごとに説明を書いてくれている。窟の作られた時代や修復の有無、仏像の特徴や壁画の内容といったところだ。あと言葉の説明も少し書いてくれている。経変という言葉が経典の内容を絵画化したものだということを初めて知った。あとになってわかるのだが日本語ガイドはこの莫高窟用語で説明してくるのでこの用語を知っておかないとガイドの説明が理解しにくくなっている。日本人の日本語ガイドではなく中国人の日本語ガイドなので、窟の説明を日本語に訳しそれを覚えていてその通り説明をしているだけなのでこまかな用語の説明などはしてもらえない。というかガイドも日本語が上手なわけではないのでうまく答えられないときが多い。
30分ほどして全員集まり莫高窟の見学になった。全部で10人ほどだった。最初に行ったのが94窟でここは唐時代に作られたそうだ。次に行ったのが96窟ここも唐時代に作られたそうで敦煌莫高窟で一番高い仏像だそうだ。確かに大きい。次が103~105窟ここも初唐に制作されたもので経変図が壁画に描かれており状態が良いそうだ。維摩詰と弥勒菩薩と言っていた。次が148窟ここは涅槃仏だそうだ。涅槃仏とは釈迦の入滅する様子で、涅槃とは永遠の眠りにつくことだそうだ。そしてここの窟は穴の形が棺桶型をしているそうだ。涅槃仏は女性のような姿をしており手が長くなっている。次が172窟ここも唐時代に作られていて壁画が素晴らしいそうだ。建築物は遠近法を用いて描かれており日本の平等院にも似ているそうだ。音楽隊や演舞の様子も描かれており楊貴妃はこの舞をとても上手に踊っていたという説明だった。次に204窟ここは隋時代だそうだ。次に257窟ここは北魏時代で説話図が描かれているそうだ。さっき見ていた莫高窟の鑑賞ガイドに載っていた鹿王の物語をガイドが始めた。しかしガイドの日本語の説明が良くないためにみんなが納得できないような顔をしている。私はさっき読んだのでストーリーが頭の中に残っている。なのでガイドに代わって内容をみんなに説明した。ここで話の内容を少し書くと、ある日川で溺れていた人が鹿に助けられた。鹿はこの男の人と鹿の居場所を誰にも口外してはならないと約束します。しかし後になってこの男の人は賞金欲しさに約束をやぶって国王に鹿の居場所を告げてしまいます。国王は鹿を狩るために大勢の人を集め鹿のところにやってきました。鹿は国王に人を助けたことを説明しました。国王はたいへん感動してこれからは鹿を狩らないようにすると言って帰りました。この男の人は鹿との約束をやぶったために重い病気になってしまいました。因果応報です。と言う話だ。ガイドの女性が「なんで知っているんですか?」って、「いやさっきたまたまそこで本を読んだので」って言うと、私はいま日本語の勉強中なのでさっきの話を紙に書いて下さい。って言うので後で紙に書いて渡してあげました。次に行ったのが16窟と17窟ここは16窟の中に17窟があって、そして17窟は敦煌蔵経洞として有名だそうです。作られたのは唐の時代。その後西夏時代に何らかの理由により封印されたそうです。それを清の時代におうけんろくという道士が掃除中にたまたま17窟を発見しそこから5万点の古文書を発見したそうです。その後古文書は外国人に持ち出され今では8千点ほどしか残っていないそうです。仏像の目は瑠璃(ガラス)で出来ており、天井の模様は蓮の花で西夏時代に描かれたもの、壁には千仏が描かれている。以上1時間半ほどで終わりでした。私は1人だけ特別窟を見たいとガイドに伝え残ることにしました。ガイドと一緒に特別窟の入場許可をもらいに行き、どこの窟を見学したいのか希望を訊かれ、昨日の莫高窟入場券予約販売センターで教えてもらった45窟を見学することにしました。特別窟の見学料は200元でした。ガイドと歩きながら莫高窟全体の入口からの外観を説明してもらいました。全体の丘の上は天に向かって供養するための塔の跡が残っており、右側の崖には空いた穴があり、そこは昔の居住区の跡だそうです。そして45窟ここはガイドでもカギを開けることはできず、警備する人がついてきてガキを開けるようになっています。唐時代に制作された窟で床は時代によってどんどん積み上げられているそうです。中心の釈迦像は木の原型に泥を塗って作られておりシルクの衣服のかんじがとてもよく表現されているそうです。向って左隣に弟子の阿難この人は若くて勉強もでき優秀な人物で少し女性らしい表現になっているそうです。そして右隣が弟子の迦葉(かしょう)この人は年をとっていて痩せていてとてもきびしい修行をしてきた僧らしいです。そしてその外側に菩薩。菩薩も女性らしい表現で作られておりとても美しい。そしてその外側に天王。天王は甲冑を着て邪鬼を踏んづけて怒った表情をしている。次に壁画、壁画に描かれている人物の眉毛がブルーグリーンなのが唐時代の特徴。観音菩薩は豪華な天蓋をさしている。そして子供がたくさんできるようにとか、商人が海の事故や盗賊から身を守れるようにとかの願いなどが描かれている。そして楽器を演奏している。顔がふっくらして目が細いのが唐時代の特徴。極楽浄土の世界が描かれており、観音菩薩は右手には蓮の花左手には水差しを持っている。そしてジャーリンピンジャーは歌が上手。以上30分ほど見学しながらガイドさんに説明してもらいました。ありがとうございました。その後莫高窟を自由に見学してもかまわないとのことでしたが、ガイドさんがいないとカギもしまっているのでたいした見学もできないし、もう13時過ぎになっているので、博物館に行ってそこで1時間ほど見学し宿に戻ることにしました。博物館は3窟:元時代の千手観音、217窟:盛唐時代、276窟:隋時代(西夏修復)、419隋時代、285:西魏時代が展示されていました。
敦煌発の列車の切符を確保しておいたほうがいいので、歩いて切符を買いに行くことにしました。歩行街の露店のお土産屋にかわいい女の子が2人いたのでちょっと寄ってみました。客もいないのでなにやら暇そうにしてます。商品をながめていると何か買ってくれと言ってます。私が「听不懂(ティンブドン)」って言うと、「どこから来たの?」「日本だよ」「何か買っていってよ」しばらくなんでもない話をしながら商品を見て「これから列車の切符を買いに行くんだ」って言うと、「すぐそこにも切符売場があるよ」って教えてくれたので、そこの切符売場に行って3日後の5月6日の夜10時半の切符を買いました。
それからバスに乗って鳴沙山・月牙泉まで行った。しかし暑いのとマスクを忘れて来てしまったので引き返すことにした。宿まで戻ると日本語のできる宿の娘さんが「お母さんが演劇の招待券を半額でもらってきたよ」って言ってくれた。昨日の夜に演劇を見に行きたいと話をしていたが入場料が高いよねって言ってたからだ。敦煌雑技芸術歌舞劇院で今日1日だけ有効の券で半額の110元で見れるそうだ。娘さんも行くそうで2人で敦煌雑技芸術歌舞劇院に行った。鹿の女神と阿牛の物語で概要は、鹿の女神が隣人の阿牛と恋をして子供が生まれる。そして幸せな生活を送っていたが、やがて火炎悪魔が村人を苦しめ始めた。女神は村人を救うためにアラブに行き国王から神水をもらいそして火炎悪魔を神水で退治する。と言う話だ。中国語と英語の字幕が出てくる。演技は雑技芸術歌舞劇だけあってサーカスみたく派手な動きが多い。そして話の内容もわかりやすく見ていて楽しかった。宿の娘さんは日本の大学に6年間留学していたそうだ。そして今年の春に卒業して敦煌に戻って来たそうだ。なので結構上手な日本語がしゃべれる。6年間も日本の大学に留学させるには、お母さんも苦労したと思う。

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