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2016年5月16日 (月)

法門寺

7時前にチェックアウトしようとホテルのフロントに行った。受付の女の子2人と男性1人はまだ寝ていた。申し訳ないが起きてもらってチェックアウトした。それからバスターミナルまで歩いて行った。窓口で扶風行きの切符を買うと7時50分発だった。出発までに少し時間があるので朝食を食べようと思ってぶらぶらしていると肉まんを売っていたので肉まんと豆乳を買った。バスの座席は一番前だった。バスターミナルを出ると高速道路を通って扶風に向かった。9時半頃に扶風に到着した。バスターミナルの前で法門寺行きのバスに乗り換えて10時頃に法門寺に到着した。ガイド本の解説によればここ法門寺は1987年に明代に建てられた仏塔を再建する際に1100年あまり密閉されていた地下宮殿が見つかり、そこから多くの貴重な仏教文化財が発見されたそうだ。その中のひとつが指の仏舎利といわれている。世界的な発見といってもいいと思う。
法門寺の中に入りまずは重いリュックを預けるところがないか探してみた。ここは1日何千人と来るような有名な寺なので荷物を預けるところくらいあるだろうと思っていたが入口付近では見つからなかった。警備の人に訊いてみたが知らないと言う。博物館のほうに警備室があったのでそこに行ってみるとカギが閉まっていた。そのとなりに消防室があったので中に入ってみると女性2人がいた。近くに荷物を預かってくれるところがないか訊いてみたが知らないと言う。がっかりして外に出ようとすると「ちょっと待って」というので振り返ってみると「貴重品はバッグの中にないか?」と訊いてきたので「ない」と答えると「それならここで預かってあげるわ」と言うのでお願いした。とてもありがたい。身軽になったのでさっそく博物館に入ってみた。ここの博物館は展示品の数は多くはないが、とても貴重なものが見れたと思う。贅沢を言えば指の仏舎利を見ることができれば良かったのだが残念ながらそれはできなかった。合十舎利塔まで歩いて行って戻ってきた。12時頃に消防室に行くとカギが閉まっていた。まあ急いでいるわけではないので再度博物館を見に行って30分後に消防室に戻ったが、まだカギは閉まったままだった。そうすると横の警備室から警備員が出てきて私を不審者と思ったのか声をかけてきた。事情を簡単に説明するとわざわざ消防の人に電話をしてくれて呼んでくれた。急いでいるわけではないので、そこまでしてくれなくてもよかったのだが、消防の人はすぐ近くにいたらしく3分もしないうちに戻ってきてくれた。お礼を言って荷物を受け取り外に出た。本当にありがとうございました。
法門寺を出ると帰りのバスがいなくてしばらく歩いた。10分ほど歩いてやっと扶風行のバスを見つけた。扶風に到着して扶風のバスターミナルの窓口で興平行きの切符を買おうとしたら西安行きのバスに乗りバスの中で払いなさいと言うのでバス乗り場に向かった。西安行きのバスは2台いて1台は高速バスである程度良い大型バスだった。もう1台はオンボロの中型バスだった。まあ途中の興平で降りるので当然のことながらオンボロバスの方だ。バスに乗り興平までと言ってお金を払った。乗客は私1人だけで出発した。少し街の中を客探しのため回っていたが乗客もいなく私1人を乗せたまま西安方面に向かった。30分ほど走ると運転手がバスを停めて屋台で食事を始めた。どうやら行きつけの店らしい。私も昼食をまだ食べていなかったので、バスから降りて運転手と一緒に食事をした。擀皮面というものらしい。冷たい麺にちょっとした具をまぜてタレで食べる。冷やし中華の簡単なものといった感じなのだろうか?辣醤の味が濃いので私にはもっと薄味の方がいい。バスに戻りしばらく走るとやがて1人2人と乗客が増えてきた。30人乗りくらいのバスなのでまだまだ空席が多いのだが。それでも2時間半ほどで興平の街に到着した時にはバスはほぼ満席になっていた。
興平のバスターミナルの近くの宿にした。シャワーをして少しくつろいでから街に散歩に出かけた。盲目按摩店を見つけたので全身按摩をしてもらった。その後マンゴーを買って宿にもどった。夜暗くなるのが早くなってきた。20時頃には薄暗くなってきた。敦煌にいる時などは20時といえばまだまだ明るかったのに。

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